
●この記事のポイント
・2025年の訪日外国人は6月時点で2000万人を突破し、年間4000万人も視野に入る一方、インバウンドの恩恵は地域によって大きく偏っている。
・東京・大阪・京都などの主要都市に外国人宿泊者の6割以上が集中する一方、島根や福井、高知、東北地方の多くの県では年間数万人規模にとどまり、地域間格差は拡大傾向にある。
・インバウンド増加を単なる数字で追うのではなく、地域の魅力を理解し、共感する観光客を受け入れる戦略こそが、東北観光の未来を左右する。
日本のインバウンドは、今年6月過去最速で2000万人を突破し、年間4000万人達成も視野に入ってきた。政府は2030年に訪日客6000万人という目標を掲げ、さらなるインバウンドの増加をめざそうとしている。しかし、インバウンドは東京、大阪、京都などに集中し、京都などでは訪日客が溢れ「オーバーツーリズム」が問題化している。しかし、その一方で地方分散化は進んでいないのが実情だ。
立教大学観光学部の東 徹教授は、「訪問者数、延べ宿泊者数いずれをみても、インバウンドの地域間格差は大きい」と指摘する。
●目次
地域格差の大きいインバウンド
「観光庁の統計から昨年1年間のインバウンドの実態をみると、訪問者数の地域格差は大きく、東京、千葉、大阪、京都が年間1000万人を超えているのとは対照的に、島根、福井、高知、徳島、鳥取は10万人を下回っている。東北地方も訪問者数が少ない地域で、最も多い宮城でも43万人、少ない秋田で11万人と全体として訪日客が少ない地域といえる。
外国人延べ宿泊者数(人泊)でみても、東京、大阪、京都の三地域で60.3%、三大都市圏では69.1%であり、地方部は30.9%にとどまる。コロナ禍前より格差が広がっている」と指摘する。さらに「外国人延べ宿泊者数を構成比でみると、東北で最も多い青森で9%、少ない福島では3%にすぎない。もっとも、50%を超えるのは東京と京都だけで、20%を超えるのは8都府県、10%を超えるのは半数にも満たないのが実態」(東教授)
問題はインバウンドだけではない。東教授は「昨年1年間の東北の延べ宿泊者数をコロナ禍前と比べてみると、秋田を除いて外国人が増加しているものの、全体としてみれば6県とも減少している。日本人客が減少しているということだ」と指摘する。
ビジネスホテルの客室稼働率でみると、東北6県でいずれも全国を下回っており、福島が47位、山形が43位、シティホテルでも福島46位、秋田45位、青森41位という低水準だ。リモートワークが普及した結果、出張機会そのものが減り、宿泊需要の減少につながっているようだ。
東北に必要なのは「通好みの観光地」をめざす戦略
インバウンドの地域格差は大きく、東北はインバウンドの恩恵をあまり受けていないようだ。では、東北はどうすればインバウンドを取り込めるのか。
東教授は「初めて日本を訪れる旅行者は、東京、京都、大阪をはじめ、主要都市や有名観光地を回る。東北を訪れるのは日本に複数回訪れているリピーター層だろう」と分析する。事実、東北の宿泊者は、東京とは異なる構成になっているという。
「東京に宿泊する外国人の国別構成をみると、1位の中国でも18%、次いで米国、欧州、韓国、台湾と続き、バラエティーに富んでいる。東北は6県とも台湾人客の構成比が大きいのが特徴で、最も多い岩手で58%、少ない青森でも34%を占める。これがヒントになるのでは」と東教授は指摘する。
「京都も金沢も有名観光地はもう行った。次はまだ行ったことのない地方へ」という動機をもった客層が狙い目になるということか。
「円安の影響で『なんでも安いコスパのいい国』として日本を見ている訪日客が増えているように感じられる。そういう客層ではなく、『まだ見ぬ日本を感じたい』という客層をターゲットとして、いわば『通好み』の観光地になるという戦略をとるのも一策だろう。湯治場の雰囲気を残す温泉や大都市にはない素朴な生活のニオイを感じられる地域もまだある。いたずらに数を追わず、過ごした時間が思い出に残る印象深い出来事になるような経験価値の高い観光をめざすべき」(東教授)
温泉観光地を存続させるために
東北に限ったことではないが、宿泊業の将来を考えるうえで、人手不足と事業承継問題は深刻な問題になっている。「秋田では、延べ宿泊者の36.2%、岩手では25.2%が旅館に泊まっている。全国でみると旅館に泊まるのは12.7%なので宿泊需要の受け皿として旅館は重要な役割をもっている。ところが……」と教授は言う。
「個人経営・家族従業の旅館も多く、経営者の高齢化も進んでいる。身内に後継者がいない宿は廃業の危機にある。事業承継問題を解決しなければ、温泉地自体の衰退につながりかねない。秋田では、廃業する温泉旅館を組合が買い取った例もある。岩手では地域愛に燃える個人起業家が廃業した温泉宿を買い取ってリノベーションを進めている例もある。そうした人たちが何とかつないでいるのが実情。今のうちに、地域として事業承継・人材育成の仕組みづくりを真剣に考える必要がある」(東教授)
確かに、事業承継や人材育成の問題を解決しなければ、10年後には中小規模の旅館が減り、温泉情緒もまた失われてしまうのかもしれない。
東北が進むべき道
日本の観光は史上最高水準に達しようとするインバウンドの増加に沸いているように見える。しかし、全国あまねくその恩恵を受けられるわけではない。反対に京都のようにオーバーツーリズムによって地域社会が不利益を被り住民が不快感や不安・不満をあらわにしている地域もある。
最後に東教授は、「訪れる人が地域をリスペクトするからこそ、受け入れる人がウェルカムと言ってくれる。そういう関係性が失われつつある。それこそがオーバーツーリズムという問題の質的な側面だ。いたずらに数を追うのではなく、地域の良さを理解し、共感してくれる旅人にこそ大切な地域の恵みや持ち味を分かち合いたい―そういう思いをもって観光地域づくりに取り組んでほしい」と語る。
「どんな観光客に来てもらいたいのか」「どんな形で地域の良さを味わってもらうのか」、教授のいう「通好みの観光地」をめざすためには、ターゲットとなる観光客のニーズを理解し、地域を深堀りして魅力化する取り組みが不可欠だろう。そうした戦略こそが東北観光の未来を左右する。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=東徹/立教大学観光学部教授)